“ファッションはエネルギー!” 注目のファッション発信者ミーシャ・ジャネットさんインタビュー
2011.12.15カテゴリー: アート・デザイン インタビュー ニュース ファッション
ジャーナリスト、ブロガー、スタイリスト、デザイナーと超多面的に活躍するミーシャ・ジャネット。高校生の折、留学先として選んだ日本のカルチャーや東京ファッションに魅了され、2004年に再来日。以降、現在の活躍に至っています。SHOT Magazineではこのたび、そんなミーシャさんの素顔に迫る、ロング・インタビューを敢行。今秋の東京コレクションの舞台裏や、ファッションの魅力を日々発信し続けるミーシャさんの仕事ぶり、幼少期から現在に至るまでのストーリー、そして変身したい女性へのファッション・アドバイスなどについても伺ってきました。ぜひお楽しみください。
◆2011ファッション・ウィーク!◆
-VOGUE主催のファッションズ・ナイトアウト(※)が先日行われ、非常に盛り上がったと伺いました。ミーシャさんも参加されたとのことですが、何が一番エキサイティングでしたか?
アフターパーティーで、アナ・ウィンターさん(Anna Wintour/米VOGUE編集長)と一緒に写真を撮らせてもらったことです。日中、何度もお見かけしてはいたのですが、お忙しそうでしたし、アフターパーティーでも、なかなか声をかけるチャンスがありませんでした。彼女は、何と言っても「ファッション業界の女王様」ですので……。でも、他の方にその話をしたところ、「私はさっき写真を撮ってもらったよ、あなたも勇気出して行ってみれば?」と言われ、ちょうど彼女が帰ろうとしていたところで、勇気を出して声をかけ、引き止めることができたのです! 彼女に、私のVOGUEのバックナンバーのネールアートを見てもらったり、2ショットを撮ってもらったりしました。
—10月からは東京コレクションが始まり、いわゆる日本の“ファッション・ウィーク”が続いていますが、現時点で、ミーシャさんが「これはいい!」と思ったブランドはありますか?
「日本のFashion Weekは、Fashion Monthsだよね〜」などといつも冗談で話しているのですが(笑)、6週間と長い期間、続いています。それでも本当に沢山のブランドがあるので、行けないところもありますが、仕事の合間にあちこちへ伺っています。良いと思ったブランドは沢山あります。例えば『FUGAHUM (フガハム)』という日本のブランド、すごく好きでした。『シャネル』のクルーズ・コレクションなども良かったです。『G.V.G.V.』などもいいですね、“カジュアルなものをちょっと尖らせる”というようなコンセプトが好きですね。先日のナイトアウト(※)の際には、G.V.G.V.の新作ドレスを着させていただきました。そのときのアクセサリーは、『ヤギ・アメリ』という若い女性が作ったものを合わせましたね。
—最近見つけた注目の新ブランドなどはありますか?
『mame(マメ)』というブランドですね(デザイナー・黒河内真衣子さんが2010年に立ち上げたブランド)。元ISSEY MIYAKEの会社にいた方ですが、とっても繊細で面白い物を作っているので、注目しています。
※ファッションズ・ナイトアウト(FASHION‘S NIGHT OUT/略称:FNO)……米『VOGUE』編集長のアナ・ウィンターの呼びかけで『VOGUE』を発行する全18カ国が一致団結、「ファッション業界の活性化」を目的として行う、世界最大のショッピング・イベント。日本での開催は今年で3年目。今回は、表参道・青山・原宿エリアの420のショップが参加する様々な企画のほか、復興支援のためのチャリティなども行われた。さらに「日本に笑顔が戻りますように」というコンセプトのもと、世界の『VOGUE』編集長たちや国内外のファッションデザイナーが東京に多数集結。スペシャルな回となった(2011/11/5に開催)。
◆ファッションへの興味はDNAに入っていた気がします◆
—ミーシャさんと言えば、独創的なファッション。そのスタイルの確立に、影響を与えた人はいますか?
私がインスピレーションをもらった方は2人います。一人はイサベラ・ブロウさん。イギリス人で、アレクサンダー・マックウィーンや、フィリップ・トレイシーという帽子屋さんを発掘したファッション・エディターです。彼女は非常に尖っていて、ファッションも個性的、まさに“ファッション業界の花”という感じの方でした。残念ながら、私が彼女を知ってから1年も経たないうちに亡くなってしまったのですが、私は彼女から、「自分が身につけたいものは、自由にしていい」という精神を教えてもらいました。
もう一人は、ノブキ・ヒヅメさん。数年前、よく一緒に仕事をしていたカメラマンの方が、「ミーシャが好きそうな帽子屋が、東京にあるよ」と、彼のことを紹介してくれました。彼の作品は、帽子というよりもオブジェ、アートで、彼のサイトに紹介されている作品を見た瞬間から、「素敵!」と私は大興奮しましたね。すぐに直接連絡をとったところ、意気投合し、それから交流が始まりました。2〜3年前くらいからは、ショーのたびに、幾つかの作品を貸していただいています。クチュール品なので、当初は「かぶらせてほしい」とお願いするのを躊躇いましたが、思い切ってオファーしてみたらOKをもらえて。私は、彼の作品を非常に愛していますし、「物をつくるデザイナー」と、「それを心の底から、かぶりたいと思う人物」ということで、「イザベラとフィリップのように良い関係になれているかな……?」なんて思ったりしますね。
—お二人に出会う前のミーシャさんのファッションは、どのような感じだったのですか?
ずっと前から、衝撃的なもの、インパクトのあるものが好きで、今みたいなファッションをしたいと思っていましたが、いわば“手の届かない”世界で、写真で眺めるだけ、という感じでした。文化服装学院にいる頃は、自分で作ってみたり、デッサンをしてみたりもしていましたね。自分自身のキャリアを積んできて、今ようやく、その世界の本物が手に入るようになりましたが、あの頃から考えたら、本当に大興奮だなと思います。東京コレクションなどを見て、「このパーティーにはあれ着たい!」、「今シーズンはあれをオーダーしよう」などと思えるわけですから(笑)。
—幼い頃から、ファッションに興味を持っていたのですか?
母親は主婦で、私や弟の服をよく手作りしてくれていました。近所の母親や子供たちで集まり、テーマを決めてドレスアップするようなパーティーも行っていました。私も、母が使った残布で、ドレスを作ってみたりしましたね。例えば、テーマがヒッピーのときは、母の古いお洋服を利用してみたりして。
バービー人形を使ってファッションショーをするのも好きでしたね。普通の、いわゆるお人形には一切興味がありませんでしたが、色々な服のバリエーションがあったので、バービーだけは好きでした。TVで観たミス・ユニバースの真似をして、水着部門やカジュアル部門など、テーマを決めて着せ替えをしたりしましたね。今思うと、結構暗い遊びをしていたのかも……(笑)。弟に、「ファッションショーが終わったら、そっち(弟)の好きな遊びもしてあげるから」と言って、さんざん付き合わせて、終わったら、「もう疲れたから」と遊んであげなかったりした、そんな思い出もありますね(笑)。
それでも、幼い頃はファッションのことは全く分かっていませんでした。私の住んでいた街は小さく、そもそもアメリカの田舎の一般家庭は、ラグジュアリーなファッションやブランドの世界とはかけ離れていますから。当時はインターネットもない時代だったので、おそらく今よりも、もっと情報が少なかったと思います。私がルイ・ヴィトンの有名な「モノグラム」を初めて目にしたのなんて、関西に留学してきた18歳のときなのですよ(笑)。友達が支払いのときにお財布を出して、そこで初めて「これがヴィトンなの?」という感じで見せてもらったのですね。育った環境もあり、私がファッションに目覚めたのは非常に遅かったかもしれません。でも、ファッションへの興味自体はDNAに入っていたと思いますね。


















