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映画『ミスター・ノーバディ』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督インタビュー

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2011.05.09

映画『ミスター・ノーバディ』ジャコ・ヴァン・ドルマル監督インタビュー

ベルギー出身のジャコ・ヴァン・ドルマル監督の長編第3作目の作品となる映画『ミスター・ノーバディ』が、4月30日より公開された。『ミスター・ノーバディ』の舞台は2092年。化学の力で人間が死ぬことのない世界で唯一の“死ぬ”人間であるニモの人生を描く。高スピードで織りなす男の人生を、色鮮やかな映像と壮大なスケールで描く新感覚のパラレル・ワールドを大胆に演出した、ジャコ・ヴァン・ドルマル監督に、新作『ミスター・ノーバディ』についてインタビューした。

まず、映画作りにとりかかるまで、なぜこれほど長い間、準備していたのですか?
僕は生活をし、脚本を書いていた。もちろんこんなに時間がかかるとは思っていなかったけれどね。でも書けば書くほどに、もっと書き込んでいかなければならなくなった。気にかかるところがあると、他の道筋を試し続けていった。結局シナリオに6年もかかったけどプレッシャーはなかったよ。映画業界では脚本で5年たった作品は古くさいと言われる。でも僕は“時代遅れ”になる方が、むしろ気楽なんだ。

『ミスター・ノーバディ』の出発点は何ですか?
何か一つの選択をしなければならない時、たった2つしか選択の可能性がないわけではなくて、その2つからは無数の可能性が広がっている。いわば枝のような広がりがあるんだ。この脚本で、そういう無限の可能性から生まれる計り知れない裂け目、深淵を感じとれるようにしたかった。
このテーマだけではなく、ストーリーの語り口にも変わった方法を見出したいと思った。1人の子供が自分の未来に目を向ける視線と、その子供が老人になって過去を見つめる視線とをクロスオーバーさせようと考えた。僕は、物事をシンプルに見せようとする映画というメディアを使って、そういう複雑さを語りたかったんだ。僕らを取り巻く現実がより複雑になればなるほど、情報は簡潔になっていくし、政治家の発言もより単純なものになっていく。僕が興味を持っているのは複雑性なんだ。単純な答えではない、そういう答えというのは人を安心させてしまうけれど、だからこそうわべだけの偽物でもある。

脚本を書く上で他より難しかった人物はいますか?
人物としてはいなかった。おそらく最も困難だったのは、ひとつの人生が描かれている間も、同時に他の人生が存在しているという多重構造をずっと維持し続けることだった。わかりやすくそれぞれがうまく絡み合う、そんな理想の構図を探し出すのが大変だった。3人の女性は、ニモとの関係性という基本の枠組みに基づいて書かれている。その1人は、ニモが愛し、彼女もニモを愛している(アンナ)、ニモは愛しているのに、彼女は愛していない(エリース)、そして彼女はニモを愛しているのに、彼はまったく愛していない(ジーン)。アンナの物語は、2人が激しく愛し合う物語であり、期待と不在の中で語られていく。その一方で、他の2人の女性は、ニモとは気持ちが通わない悲劇的な関係のまま日常生活として語られる。

ミスター・ノーバディ役にジャレッド・レトを起用したのはなぜですか?
僕は脚本を書いている時には、誰かの顔を思い浮かべたりしないんだ。あらゆる可能性に対しオープンな気持ちでいたいから。『ミスター・ノーバディ』の場合は、表情だけでなく声の質、リズム、呼吸まで変容できる俳優が必要だった。様々な作品で見違えるような変貌を遂げるジャレッド・レトの演技を見て、彼こそまさにこの作品のテイストを持っていると思った。撮影現場でそのことが確認されたよ。彼自身とかけ離れれば離れるほどに、その役に完璧になりきれるんだ。老人を演じたシーンなど、本当に自然なんだ。ジャレッドは変貌するのが巧みな俳優だよ。

ベルギーに始まり、カナダから、最後はドイツまで続いた撮影で、異なる文化のスタッフたちと大変だったのではなかったですか?
基本スタッフはベルギー・フランスチームで、そこに他の国のスタッフが加わっていった。美術担当のシルヴィー・オリヴェ(ヴェネツィア国際映画祭技術貢献賞受賞)が僕の脚本を視覚化してくれ、ニモのそれぞれの人生に固有の視覚様式を作り、色彩設計をしている。3人の少女は、まず赤い服を着たアンナ、2人目は青い服のエリース、そして3番目は黄色い服のジーン。その3つの色を、彼女たちの人生の、目に見える記号のようにしていった。だからニモが黄色い服の少女を選ぶと、すべての美術は黄色に色付けされ、赤や青の色彩が見えなくなる。あとの2人の物語でも同じような一貫性と結果が展開する。一見強調しているように見えても、スクリーン上ではあまり気づかない。これはまるで、ひとつの人生を選ぶことによって、その他の色はあきらめ、単色の世界に向かってしまうようだ。子供時代にはいろいろな色があったはずだ。でも年老いたニモには、白色しか残っていないんだ。

映画を完成させて、あらためてあなたにとっての“ミスター・ノーバディ”とはなんですか?
『ミスター・ノーバディ』は、何かを選ぶのではなく、すべてを体験してはどうだろうかという映画体験だ。そして最後には、すべての経験が興味深いものだということに気づくだろう。観客に感じ取ってほしいのは、選択には良いも悪いもないということ。ただ、それを選んだならばどう生きるかだということ。この点でみると、僕の映画では、自由という問題が大きなテーマの一つになっている。『ミスター・ノーバディ』によって、道徳や倫理ではない、哲学的なおとぎ話を作りたかったんだ。
年老いたニモは、自分の確信がすべて崩れ落ちていくのを見た後で、不確実さの中で穏やかに生きることを受け入れた後で、最後にこう言うだろう―「人生には楽しいこととそうでないこともある。もし楽しいなら、それをやってみるべきだ。もしそうでないなら、やらなければいい」と。

ジャコ・ヴァン・ドルマル

ジャコ・ヴァン・ドルマル
1957年2月9日ベルギー・ブリュッセル近くのイクセルで生まれ、少年時代をドイツで過ごす。サーカスにてピエロをやりながら、1980年から7本の短編映画にて監督・脚本を手掛け、1991年、自身初の長編作品『トト・ザ・ヒーロー』でカンヌ国際映画祭<カメラ・ドール>最優秀新人監督賞や、翌年のセザール賞最優秀外国語映画賞受賞にて一躍その名を世界に知らしめる。その後5年の歳月を経て1996年に同じく監督・脚本を手がけた『八日目』では第49回カンヌ国際映画祭に正式出品され話題となった。本作『ミスター・ノーバディ』は、それから13年ぶりに発表され、第66回ベネツィア国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、技術貢献賞を受賞。また、第23回ヨーロッパ映画賞では観客賞を受賞している。