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麹谷 宏グラスワークス<ベネチアン6>にて、田崎真也とのシャンパントーク。

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2011.04.20

麹谷 宏グラスワークス<ベネチアン6>にて、田崎真也とのシャンパントーク。

オリジナル家具と海外ブランドのモダンファニチャーを展開する『アルフレックスショップ 東京』が、グラフィックデザイナー麹谷 宏氏のガラスワークスをフィーチャーしたイベント<ベネチアン6>を開催した。麹谷氏は、『無印良品』の商品開発をはじめ、グラフィックデザインや広告デザインの分野で幅広く活躍する一方で、いくつものワイン騎士称号を持つワイン通としても知られる人物。同イベントでは、そんな麹谷氏が1995年からベニス ムラノ島のガラス工房で創作するシャンパンクーラーのコレクションを店内にて展示・販売。モダンな空間の随所に麹谷氏のシャンパンクーラーをマッチングさせながら、期間中の特別企画として同氏と親交の深いソムリエ・田崎真也氏とのトークセッション“シャンパントーク”を開催した。

麹谷 宏氏がベニス ムラノ島のガラス工房で創作するシャンパンクーラー in 『アルフレックスショップ 東京』
麹谷 宏氏がベニス ムラノ島のガラス工房で創作するシャンパンクーラー in 『アルフレックスショップ 東京』

2000年沖縄サミットでの、8カ国ワインブレンド

―麹谷:田崎さん、本日はお忙しいなかおいでいただきありがとうございます。ちなみに、今皆さんが飲まれているシャンパーニュは「アリストン ジャン アントワーヌ」と言って、田崎さんが最近フランスのシャンパンメゾンから直接輸入された希少なものなんです。こうやってボトルを眺めながらいただくと余計に美味しく感じます(笑)。田崎さんと僕が初めて会ったのはかれこれもう30年近く前になるのかな?日本一になる前でしたよね?そして、その後まだまだワイン後進国だった日本から、世界最優秀ソムリエコンクールで日本人として初優勝されて...大変な快挙です。

でも僕にとって田崎さんといえばやっぱり一番思い出深いのは2000年の沖縄サミットです。ご存知の通り、田崎さんは元首たちが顔を揃える晩餐会で日本代表のソムリエとしてサービスを担当された。そして、その晩餐会のために8カ国のワインをブレンドした話は有名ですよね。

―田崎:8人の首相が顔を揃えて世界の融合について話し合いの席を設けているわけですから、今日こそはそうすべきかと思い。そこでブレンドするデキャンターが必要になったんですね。そのデキャンターの創作を麹谷さんに手がけていただいたんです。

―麹谷:沖縄の海鳥を「ピースバード」と名付けてその姿をテーマとしたデキャンターでした。当時のことは今でもよく覚えています。 今日はそのデキャンターを持ってきたんですよ。

―田崎:そうです。これ、これ。私もよく覚えています。このデキャンターを使って8人の首相を4人のソムリエでサービスし、その指揮を担当させていただいたわけですが、各国の首相がお気に召してそれぞれ名前入りで持ち帰られたんですから。

<ベネチアン6>のトークセッションで語る田崎真也氏
<ベネチアン6>のトークセッションで語る田崎真也氏

―麹谷:ところでずっと気になっていたんですが、その8カ国ブレンドの配合はどんな比率だったんですか?

―田崎:当時もよく聞かれたのですが、実は僕にもわからないんです(笑)正確に言えば、細かい比率は覚えていないというのが正しい表現かもしれませんが。とにかく、“8カ国の調和”を表現しようということで各国からセレクトしたワインを直前にブレンドし、あのようなオフィシャルな場ではかつてない異例なスタイルで提供させていただきました。ワインのタイトルとなった「八重山」は、沖縄県南部にある地名で「八つの山が重なる」と書くのですが、8カ国のワインの重なりに掛け合わせたものです。

―麹谷:特に旧ロシアのワインに苦労されたとか?

―田崎:ブレンドすると決めたのはいいのですが、 たとえばフランスはローヌ「ギガルのラ・ランドンヌ」のシラーといったように、8カ国からそれぞれ単一品種のワインを選ばなくてはいけない。そこで、ドイツはピノ・ノワール、イタリアはサンジョヴェーゼ、イギリスはセーベル、カナダのバコ・ノワール、アメリカはジンファンデル、日本はマスカットベリーAと選び、最後にロシアはどうしようかと。

でも実際にはソビエト崩壊前の旧ロシアでは(今はもう独立国家となった)ウクライナなどでワインも多く生産されていたので、黒海に面したあたりで栽培されるカベルネ・ソーヴィニヨンのワインにしようと決めたのですが、2000年当時は既にロシア産のワインは相当入手困難でした。結局は週1のモスクワ経由便に乗っている某航空会社のCAの方に頼みこんで市内のワイン屋さんで販売されている一番良いワインをかき集めていただいて。合わせる料理はメインの石垣牛ロースを使った網焼きのステーキだったのですが、その料理がサーブされる直前にブレンドした「八重山」を各国の元首に供させていただき、これが大変話題になったんですね。

ベニス、ムラノ島で、理想のシャンパンクーラーを求めて

―麹谷:もうあれから10年以上経つんですよね。今や日本もワイン大国となりワインの空き瓶は“ボトル公害”なんて言われて。だから最近私は、ワインの空き瓶を集めて新しいデキャンターを再生させる活動を始めたんです。ロマネコンティもボジョレーヌーヴォーも緑色の空き瓶はすべて一緒に入り交じり、また透明瓶もボディ部分に再生されてひとつのデキャンターとして生まれ変る。美味しいワインを飲むために、また一役買うことになるわけです。

―田崎:そもそもシャンパンクーラーをムラノ島で創作されるようになったきっかけは何だったのですか?

<ベネチアン6>のトークセッションで語る麹谷 宏氏
<ベネチアン6>のトークセッションで語る麹谷 宏氏

―麹谷:始まりは「シャンパン好き」が高じてでして(笑)。シャンパンのボトルはエチケットも含め本当に美しいものが多いですよね。せっかくであればその姿を眺めながら美味しくいただけるガラス製のシャンパンクーラーは無いのだろうかと。いざ探すと、何だか海外の有名ブランドの製品は仰々しいものが多くて。自分の理想にぴたりとはまるシャンパンクーラーを求めて行き着いたのが自身で創作することだったんです。

―田崎:私も麹谷さんの歴代のシャンパンクーラーを持っているのですが、 初期の頃から見させていただいていると、やはり少しずつ進化してきていますよね。この会場に展示されている作品を改めて拝見すると、どの作品も力強さの中に繊細さが共存していて本当にすばらしい。吹きガラスにも関わらずこの厚みを実現されているその創作のプロセスではどのような点に苦労されているのですか?

―麹谷:今年で11年目になりますが、年に1~2回はムラノ島の工房にこもります。創作を始めた当初はそのほとんど、8割くらいは思い通りにいかず、 48時間後に窯から出して気に食わない作品は片っ端から割ってましたね。僕の作品だから僕にしかジャッジできない。 工房では5人のチームで創作を行っているのですが、最初は僕が作っているものをみんな不思議そうな顔で眺めていましたし、あまりにも割ってばかりいるのでしばらく呆れ顔でした(笑)。

ムラノで、ぼくが考え出したガラスの技法のなかに“墨流し”と言って、水の中に墨が流れ込んでいるかのような仕上がりになるテクニックがあるのですが、その“墨”の部分がいかにもベネチアンという風に変化してまたそれが美しい。創作は大変ですし、相当な根気が必要ですが、そういう美しさに触れることができるという点ではかけがえのない体験です。

―田崎:麹谷さんの作品は本当に独創的ですよね。いったい創作中はどんなことを考えられているのですか?

―麹谷:たいしたことは考えていませんよ。相当な高熱の中での作業ですから、頭の中では「早くビール飲みたい!」なんてことを考えていることも多いのです(笑)。

軽快なトークを続ける田崎真也氏(左)と、麹谷 宏氏(右)
軽快なトークを続ける田崎真也氏(左)と、麹谷 宏氏(右)

―田崎:私もワインをサーブしながら、そう考えることがありますよ(笑)。何だか麹谷さんとお話しているとついつい話が脱線してしまいますが、今こちらで販売しているシャンパンクーラーはもう完売寸前なんですよね?

―麹谷:いえいえ、まだあります。皆さんぜひ一家に一台づつ・・・(笑)。ちなみに、このシャンパンクーラーは花器として使われている方も多いそうです。シャンパンクーラーとしてだけではなく、時には花器として、またはオブジェとして、そんなふうに生活の中にいろいろなかたちで彩りを添える作品をとなってくれることは嬉しいことです。

―田崎:これからも美味しいシャンパンをより多くの方達に楽しんでいただけるように。麹谷さんの今後の創作活動も楽しみにしています。

田崎真也(たさき・しんや)

田崎真也(たさき・しんや)
国際ソムリエ協会会長。1995(平成7)年、第8回世界最優秀ソムリエコンクールで、日本人として初の優勝。96年に都民文化栄誉章、1999年にフランス農事功労章シュヴァリエを受章した。2000年の沖縄サミットの晩餐会では、飲み物のセレクトとサービスの役を担当。多くの話題を呼んだ。

麹谷 宏(こうじたに・ひろし)

麹谷 宏(こうじたに・ひろし)
1982年に「無印良品」開発計画に参画。86年SDAサインデザイン金賞。96年からはクリエイティヴルーム株式会社ケイプラスを設立、主宰している。またプライベートでは82年頃より順次、シャンパーニュ、ブルゴーニュ、ボルドーなどから各ワイン騎士団の名誉称号を、社団法人ソムリエ協会からは名誉ソムリエ称号を受け、2000年にはフランス政府より農事功労シュヴァリエ勲章を受勲した。