80年代ファッションの記憶
中村浩子さんがファッション記者を始めた当初、「ハマトラ」「ニュートラ」が大流行中。「フクゾーのポロシャツやミハマのローヒールパンプスがトレードマークの横浜スタイルが、新鮮でした。神戸ではエレガンスが主流。必ずヒールを合わせますから」と、回想する。
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2010.04.27
80年代を席巻した〝女子大生ブーム〟の中心を『JJ』女子大生記者としてひた走り、続く『VERY』、『STORY』の創刊に携わると、数々の輝く読者モデル・カバーガールの発掘に尽力されたVENUS PROJECT社長の中村浩子さん。ファッションも女性の生き方も多様化した今、時代を鋭く見つめ、ご自身もまさに「憧れの女性」としての輝きを放ち続ける中村さんに、キャリアの軌跡、ファション観、そしてSHOT°マガジン世代にぴったりのギフトアイディアをお伺いしてきました。

PHOTO : Atsushi Maya
「10代の頃から、目指しているのは可愛いより、カッコいい女性!」。そんな中村さんのファッション定番はレザー、アニマルプリント、ハイヒール。この日マニッシュなジャケットにインパクト大のジュエリーを組み合わせ、スキニーデニムでまとめたスタイル。
―学生時代から雑誌記者としてご活躍ですが、どんなきっかけがあったのでしょうか?
〝そうですね、神戸にずっと暮らしていながら、「東京の大学に進学したい」と思い立ちまして。「心理学を学んでみたい」という意思もあったので、両親を説得して当時通っていた女子校の姉妹校である東京の大学へ進むことに決めたんです〟

―心理学ですか!?
〝子どもの頃から、人が好きなのか嫌いなのか(笑)、たまたま自分自身が勉強も運動もできる、いわゆる優等生で目立つ子どもだったこともあり、自分の立ち位置やポジションを考えたり、人というものにすごく興味がありましたね〟
―高校を卒業されるまで「優等生」を通されたのでしょうか。
〝というよりも、中学に上がるとますます人間関係について考えることが多くなって…。小学校までは男女共学で過ごしていたのですが、中学から女子校に進学。お勉強ができることなのか、見た目が可愛いらしいことなのか、はたまたスポーツなのか、女性ばかりの環境だからこそ、自分の存在感やポジションについて思いを巡らせる日々でした〟
―なるほど、大学ではそのあたりを極めてみたいと…。
〝はい。憧れの教授もいらしたので。ところが、心理学ってまずは統計学なんですね。いきなりヒト対ヒトで学べると思っていたので、少し見込み違いだなと思いつつ、大学にはいってみると今度は生まれ育った神戸の文化と「東京の人やファッション」との違いにも興味を惹かれて(笑)。さらに、時代はまさに女子大生ブーム!大学の友人たちと渋谷の公園通りを歩けば、JJモデルにスカウトされる、そんな時代でしたから〟
―そこで、ファッション誌の記者という仕事に出会ったんですね?
〝記者募集の告知を見つけた瞬間、これだ!と閃きました。大学にはいっても勉学に今一つ乗りきれず、かといってファッションだけに暴走するわけでもない。またしても自分の立ち位置を探していた私にとって、「今身の回りで起こっている全てを、そのままを伝えたいし、伝えられる」と奮起しました。その当時の応募者数は約300人で、記者に選ばれたのはたった2人でした〟
―決め手は何だったのでしょうか?
〝当時の編集長から後日「300人の中で一番派手だったから」と(笑)。自分でもよく覚えていますよ。真っ黒に日焼けして、白とターコイズブルーの縦ストライプのジャンプスーツに白いテーラードのジャケット、白いハイヒール。周りはやっぱり面接ですから、シックにまとめている方も多かった。ところが、当時から私は「人と違う」ということがまったく気にならない(笑)〟
―当時のファッションは「ハマトラ」や「サーファー」など今よりずっと〝形〟がありましたよね。人と違うことが、それでも気にならなかった、と。
〝なんでかな?多分弱かったからこそ、強かったの。自分の「売り」をいつも考えていたから、それこそ皆が同じブランド、同じ流行に飛びつくときも、いかに自分らしい着こなしをするかを考えていました。私は「インパクト」という言葉が大好きなんですけれど、靴やアクセサリーやベルト、小物でインパクトを与える着こなしが自分流だし、「神戸っぽいね」、「浩子ちゃんらしい」とも褒めていただけて〟
―それが、スタイルを持つということにつながるんですね?
〝当時の東京では、渋谷や原宿など街が流行をつくっていたと思いませんか?でも神戸では、ファッションを親の世代から習うんです。母親、そしてそのまた上のおばあちゃま世代から脈々と受け継がれるエレガンスがベースにある。私がJJ記者時代に最初に出した企画もまさに、それ。舶来ものと呼ばれたサンローランやシャネルを愛用されるお母様から受け継ぐ、ファッションや小物、ハイヒールの選び方やスイーツなど食文化まで。ライフスタイルファッションって、流行を追うことではなく、生活の中で学ぶことなんじゃないかな?〟
―なるほど。どういう女性でありたいかを学んでいくのですね。
〝インターネットでたくさんの情報が取れる時代になっても、私は人に対面してお話を聞くというスタイルをずっと通しています。時代遅れにならない感性を磨くため、10代、20代の女の子ともよく話をしますけれど、若くて、生き方やファッションに迷う世代にこそ、早くから自分の「売り」を見つけて欲しいと思いますね。30代の女性でもそれは同じで、人からよく褒められるポイントは自分の「強み」である場合が多いですよ!〟

契約産地の薔薇をフレッシュクリーニング製法(特許取得)で、ほぼ農薬フリーに。さらにブルガリア産ダマスクローズを使用した純度100%のローズウォーターを付属し、豊潤なアロマを楽しめる。内容量 約50輪/価格:\10,500(税込み)4色展開。伊勢丹新宿店等で発売中。
http://www.rosefatale.jp/

―現在も「トレンド」を発信するブランドプロデューサーとしてご活躍ですが、SHOT°マガジン読者に特にお薦めされたいプロダクツがありますか?
〝さきほど、母から娘へのエレガンスの継承というお話をしましたが、もうじき母の日を迎えますので、お母さまへのプレゼントという点でも「ローズファタール」という薔薇のお風呂を演出するキットをぜひお薦めしたいですね〟
―どのような経緯で開発された商品ですか?
〝かつてファッション撮影で、モデルさんに薔薇のお風呂に入っていただいたところ、付着した農薬成分で炎症を起こしてしまった経験がありまして。そのあと縁あって、安全性の高い薔薇をさらにほぼ農薬フリーにする特許取得のフレッシュクリーニング製法を施した商材と出会いました。それだったら、素晴らしい「薔薇風呂」が誕生すると企画が動き出したんです〟
―薔薇のお風呂というとセクシーな印象もありますが…。
〝私自身はこの商品をプロデュースするとき、女性から女性への贈り物として役立てて頂けたらなと思ったんです。お母様へはもちろん、ご出産や昇進された女友達、それに、ご自分自身にご褒美でもよいですしね。パッケージもスイーツや、ヨーロッパの高級ランジェリーを贈るようなイメージでデザインし、「ローズファタール(運命の薔薇)」というコンセプトの強さを黒で、優しさをピンク色で表現しています。それこそ、私の母は生粋の神戸女性で贈り物のセンスにとても厳しいですけれど(笑)、きっと合格点をもらえるんじゃないかしら?〟
―なるほど、女性らしい細やかさに溢れたアイテムだからこそ、女同士で楽しみたいですね!最後に中村さんご自身の今後の目標や展望を教えてください。
〝すべての女性をVENUSに!それが現在社長を務めるVENUS PROJECTの目標です。80年代に女子大生ブームの中にいたころは、時代のスポットライトが自然と自分たちに当たっていた。スポットライトが当たるところにトレンドがあって、消費がある。でもそのあとはスポットライトが当たるのを待つのではなく、当てるという作業を意識していますね。たくさんの良いモノをみて、経験してきたからこそ、秀逸なプロダクトや美しく素敵な女性たちを見つけたらそこに光を当ててあげたい。街そのものを盛り上げて、女性が楽しく参加できるようなプロジェクトも企画しています。楽しみにしていてください!〟
中村浩子
1962年神戸生まれ。聖心女子大学文学部教育学科心理学専攻卒業。大学在学中より光文社『JJ』誌にてスタッフライターとして活躍。1991年にVENUS PROJECTとして独立。その後も『VERY』『STORY』の創刊スタッフとして活躍し、同時にTV番組出演や企画構成にも尽力する。現在はブランドプロデューサーとしてファッション、ビューティー、インテリアなど多岐に渡る女性向け商材のマーケティングおよびコンサルタント業を進めている。
VENUS PROJECTオフィシャルHP: http://www.venus-project.jp/
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